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見返る茨道

——2009年【平和の詩と画大徴集】詩部の首獎
詩/江槐邨

光復は幸福なりや?
熱烈に迎へる祖囯は涯無き
悲慘なる悪夢!一老叟の步み来し
茨道を見返る

軍法處の看守所
寒波の朝謀反の廉(かど)で逮捕され母は悲しく吾を見送る
肥桶を抱きて眠りし檻の夜他人の尿を時には浴びて
散歩に拾ふ吸殼紙に卷きかへて密かに吸へば吹く煙淡し
冬の朝囲ひの庭に冷水浴び裁きを待ちたる同胞哀れ
法廷は世論を騙す飾り物生くるも死ぬも好き勝手にて
「差し入れ」とふ雑役の声に暖かき親の面影目蓋に浮ぶ
生と死は紙一重なり銃口を遁るればやがては浮ぶ瀬もあり
差し入れの肴を賞味せるよき友と永遠の別れとなりぬ
「先に行く」一言殘し烈士去る夜明けの馬場町熱血に染め
「親を賴む」言葉今尚胸を裂く白色テロの遺族の悪夢

緑島の新生訓導処(集中営)
手錠はめられ二人一組上陸艦に数日揺られて緑島に着く
重労働政治課学習繰り返し緑島に辛き月日を送る
吾を憂ひ病み臥す母を緑島に最後の別れ叶はぬを嘆く
緑島に「今日も暮れゆく異国の丘」歌ひ日暮れの台湾見詰む
春来れば帰る渡り鳥吾も何時春を迎へて帰る日ありや
春の山仕事に疲れたる隊友にやさしく微笑む野辺の白百合
暴動の罪かぶせられ隊友は送り返され馬場町に消ゆ
遡る魚見て萬年総統とふ吾も見れども囚人となる(愚民教育の一瞥)
仕事終え密かに海にて泳ぎたる罰に畑へ肥え汲み運び
営中に曲者蔓延り無き事も捏ち上げては官長に告ぐ
身心の虐待にやつれ気が狂ひ海に身投げをする人ありし
夜の更けを挽き臼挽きて大豆磨り豆乳作りて朝に嗜む
各隊に豚の鳴き声聞こえくる炊事場忙しく新年迎ふ
山に茅を刈りて畑に作る垣潮風防き野菜を植えたり
車なき島に頼るは足と肩担ふ重荷に歯を食ひ縛る
隊友の医者は家より器材請ひ患ふ友の治療に務む

新店の軍人監獄
緑島(しま)に二年流され新店の監獄に十年の青春(はる)を空しく過ごす
八坪の間に三十人閉ぢ込められ高き小窓に雀が覗く
沐浴とトイレも共に部屋の中日に三回の供水も乏し
沐浴は二日や三日に一度迴り配らるる水は洗面器(うつは)に二つ
同室に犬ころ潜み無き事を捏ち上ぐる手立ては緑島(しま)に劣らず
密告に反省室に禁錮され足枷着けらるる人も稀ならず
犬ころを殴り足枷と鎖纏ひ引き摺る音は聞くも重苦し
不敬問はれ手足縛られ宙ぶらりに担ぎ迴されて室友(とも)不具になる
散歩時に竹筒拾ひポンプ造り供水時に水を吸ひ出す
給水ダム台風に崩れ一週間酷暑に一日コツプ一杯の水
足枷着け処罰の労働に娑婆に出る鎖の音朝の靜けさ破る
獄內の裁縫工場に身を投ずミシンの響きに暫し吾を忘る(外役となる)
血を嗜むテロの共犯緑島と獄に冤罪漁り馬場町に送る

気高き緑島の白百合に捧ぐ
緑島の乙女は巡り出逢ひし新生に思ひを寄せて恋に焦がるる
一人緑島を離れ恋人の里を訪ひ密かに指輪を交はすとぞ聞く
事ばれて恋人ト│チカに打ち込まれ乙女は官長に結婚迫らる
恋人を救ふためにと泣く泣くを結婚諾ひ式の日に身罷る
悪業の宴の酔ひより醒めて知る初夜の花嫁亡骸となるを
哀れ緑島の気高き白百合汝の名は永遠に人人の胸に刻まる

夢追ふ旅(尋夢之旅)
老いて辿る緑島の旅咲き誇る白百合絶えて芒山を覆ふ
営舎は跡形消えて残壁の反共の文字昔を語る
そそり立つ海辺の巌荒波の砕けるしぶきは昔のままに
バスに乗り世界に稀なる海底(うみ)の温泉浴びて夜空の星を眺むる
時代(とき)の波緑島に押し寄せなつかしき長閑なる漁村の今は何処に
家家に鹿の鳴く声聞けずなり村人忙しく観光客迎ふ
集中営を見下ろす四維峯誰が飼へる羊か嶮しき崖に戯る
山に御座せる鍾乳洞の観音様苦難の群をやさしく見守る
緑島(しま)の浜に淋しく眠る隊友(とも)の塜雑(く)草(さ)茂り啼く海鳥(とり)の音侘びし

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