戒厳令解除と台湾民主化運動
1947年の228事件では、無数の人間が無差別に殺戮されました。続く白色テロの時代には、本省人か外省人かを問わず、多数の人権と正義を求める若者達が馬場町の露と消えて行ったのです。40年後の1987年2月、228事件が発生した年に生を享けた鄭南榕氏は、228事件の真相究明と名誉回復を訴える運動を発動し、警察機動隊が立ちはだかる台湾全土で街頭演説とデモを決行し、歴史に真実を返し、政治犯を釈放することを主張し続けました。台湾住民の集団的心理治療と再建には、今後も更なる努力が必要であり、それによりはじめて政治、経済、文化のあらゆる側面で、長期的専制独裁統治の陰影を振り払い、非道不義の無形の支配から脱することができるのです。
◆2004年12月、228事件受難者グループは、近年公開されたファイルの内容に対して、権威主義時代の責任所在を探求するために、立法院に「戦後歴史真相調査と和解委員会」の設立に要求して、記者会見を行う。(曹欽栄 撮影)
◆2007年5月19日、228事件受難者グループは「中正紀念堂」を「台湾民主紀念館」へと改名するイベントを参加しました。彼らは、「真実がなかったら、和解がない」というの布で沈黙の抗議をされています。(曹欽栄 撮影)
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